
子供の頃みた八犬伝の話
2025年は昭和で数えると100年になる。僕のラジオでも100年にちなんで、思い出の昭和のギャグやヒーローなどをトークテーマに取り上げたりしているがいろいろ自分の子供時代、まさにお茶の間で一家団欒、家族で一緒にテレビを楽しんでいた時代を思い出すと、あ~こんな番組、よく見てたっけな~とか懐かしくなったのでその中で印象的だった番組を紹介する。私は昭和38年、1963年の生まれだ。小学校当時よく見ていた番組にNHKの人形劇がある。代表的なものとしては『ひょっこりひょうたん島』とかだろうが僕は『南総里見八犬伝』、「我こそは玉梓(たまずさ)が怨霊~」のセリフで登場するおどろおどろしい怨霊、そして怨霊と闘う八犬士。「仁義礼智忠信孝悌(じん・ぎ・れい・ち・ちゅう・しん・こう・てい)いざっとなったら球を出せ!力が溢れる不思議なたま~を~ヤッ!」主題歌のこのフレーズは今でもはっきりと憶えている。作者は江戸時代後期の滝沢馬琴、この挿絵を葛飾北斎が書いていたとかいないとか…。当時の作家や絵師、その時代背景などを検索したりして夜な夜な過ごしていた時のことだ、偶然にもプライムビデオで映画八犬伝が観られる!?ということで早速観た。その映画の中で滝沢馬琴と北斎が連れ立って芝居『四谷怪談』を観に行く。忠臣蔵とお岩、まさに実と虚がごちゃ混ぜになった芝居。芝居後、この芝居の作者である鶴屋南北と馬琴の間で口論となる。何だこの芝居は!けしからん!実である忠臣蔵に、虚である化け物ばなしを掛け合わせるとは~。南北はその問いに静かに答える。虚と実の足し算であり掛け算を狙いましたと。いやこれは引き算でしかない。と反論する馬琴に南北は、私にとっては実のところ『忠臣蔵』が虚であって『お岩』が実ではないかと…あなたには虚と実の境目がわかるのかと問われる馬琴はその後迷いの道へ。私もよくよく目の前の起きていることを眺めれば、自分の生きているこの現生、何が実で何が嘘か、誠と偽とは何なのか、他人の心など到底見えぬもの、わからないまま、自分の勝手な思い込みで物語を描いているようなものではないかと。よく刑事ドラマで警察が『物証』は揃っているというセリフを聞くが証言にしても物証にしても、つなぎ合わせたジグソーパズル、これとあれとを組み合わせるその間のピースは、こうであるべき?こうであるはずがない?と都合よくカタチづくって、前後左右、表と裏をくっつけているに過ぎないのではないだろうか。大事なことは、相手のこと、自分と関わる周りの人のことを信じられるのかどうか。常に疑いの眼で見ていたら一歩も前に進めなくなってしまう。どうしたって見えない相手の心の中を、詮索したところで時間のムダ。疑うより信じていたい。そういう生き方ができるかどうかだと思う。人生とはなんとも小説がごとく奇なりだなぁ~。つくづく思うが昭和のテレビは単なる娯楽ではなかった。テレビ番組からいろんなことを感じた、学んだ、刺激をもらった。家族といろんな話をするキッカケになった。アニメ、ドラマ、映画、お笑い…、テレビ無くして今の自分は無いが今ほとんど見ない。あ~そういえば、リビングで夕食後、妻と娘が楽しそうに会話しながらテレビを観ている。こんど邪魔にならないようにその輪に入ることにしてみよう。

仁義礼智忠信孝悌
南総里見八犬伝でおなじみの「じんぎれいちちゅうしんこうてい」という言葉は、儒教における八つの徳目「仁義礼智忠信孝悌」を指すそうだ。 ドラゴンボールは7つだけど、八犬伝をヒントにしたのかなぁ~まあそれはそれとして、この文字にはそれぞれに、どんな意味があるのかこの機会に知っておこうと思う。
・仁: 人を思いやり、慈しむ心。最高の徳とされる。
・義: 人として正しい行いをする心。私利私欲にとらわれず、道理にかなうこと。
・礼: 敬意を表す心。社会秩序を保つための礼儀作法や規範。
・智: 物事を正しく判断する能力。知識と経験、洞察力によって得られる智慧。
・忠: 偽りのない心。主君や組織に尽くす真心。
・信: 信頼する心。嘘をつかず、誠実であること。
・孝: 親や先祖を大切にする心。親孝行。
・悌: 兄弟姉妹の仲が良いこと。年長者を敬うこと。
意味は何となく分かっても、ではその真理とは何か?日々の生活の中で如何にして八つの徳を実践していくのか?まあ難しく考えても是非もなし。毎朝声に出して読むことから始めてみようか。常住坐臥八つの徳を心がけとして生きてみよう。




