12月号|消費から循環へ

 

トコトン『もったいない』の意識で暮らしも商いも!


モノの価格が上がる中、これからは『所有』ではなく『使用・利用』でモノを回す経済の仕組みづくりが求められると実感している。簡潔にいえば、消費拡大経済から循環型経済=サーキュラーエコノミーへの転換。それって何?キーワードを並べると『カーボンニュートラル2050』。『リサイクル・リユース・リデュース』。『自給自足・物々交換・代替』。これら地球人類の課題にどう取り組むか、方法やり方に正解はない。が結果として求められていることは、一般生活でのゴミや事業活動での廃棄物を『出さない・増やさない』こと。製品の製造過程で二酸化炭素を排出しない、または削減すること。やむを得ず排出したCO2は『放出』するのではなく『抽出』する。そのための技術革新、仕組みづくり、ビジネス・イノベーションをこの先10年程度でカタチにしていくことが不可欠。
どうも他人事にしか聞こえない。書いてる自分がそうなんだから読んでる方はそれ以上であろう。ということで、自分なりに、かみ砕いていくことにする。
まず変わらなければいけないのは『商い』そのもの。売って売って売りまくり、質より量、生活家電、パソコン、自動車、住宅設備…あらゆるモノは何年かしたら適当に壊れるように最初から作っておけばいい。そうすればモノは回る。消費者側も安かろう悪かろうは承知の上で、例えば衣料品、この程度の金額ならワンシーズンもてばいい、着れなくなったら『捨てる』だけのこと。これではどうやってもゴミは減らない。そもそも『もったいない』とはトコトン使い切る、できるだけ長持ちさせるの教え。うちの親も『まだ使える捨てるな、もったいない!』このお小言をこどもの頃から何度聞いたことか。で気がつけば、自分の子どもに同じことを言っている自分。この『まだ使える捨てるな』が古き良き日本の文化なわけだが、ここでいう『循環』にはさらなるイノベーションが必要となる。なぜって?ロシア・ウクライナ戦争によって冷戦時代になったことで、これまでのようなグローバルな人・もの・カネの調達が難しくなってきた。ならば国内モノづくりの再生か!あらゆる産業は経営構造の見直しを迫られる。そこで循環のロジックをマネジメントに取り入れる。所有権を売るのではなく利用権を売る。
最近あるタイヤメーカーとディスカッションをした。リサイクルタイヤの普及率とそれを高めるための課題について。実は日本のリサイクル率は20%程度と非常に低く、アメリカなどは60%を超える普及率がある。その原因は山坂の少ない、ひたすら平坦な道路との違いもあるようだが、そもそもぶっ壊れるまで使い切る精神が、リサイクルの普及率が上がらない原因となっている。タイヤにはベース=台となっている部分と表層部分とに分かれていて、表層を通り越して台の部分まで消耗してしまうとそのタイヤはリサイクルが出来ず、せいぜいチップ化し燃料にするしか利用がなくなる。要は燃やすしかない。これなんです!この課題をクリアするには頃合いをみてリサイクルに回す循環の仕組みをメーカーと消費者の間で構築し、普及率を上げ、リサイクルタイヤそれも日本基準にあった品質を高め、さらにコストを安く抑えるようにしなければならない。あいも変わらず新品タイヤをつぶしていけば、二酸化炭素は排出し放題、オゾン層は壊れやがて地球は破滅するというわけだ。この『タイヤの循環』の話は一つの例に過ぎない。すべての産業に当てはまること。本気でこの、循環型経済を推進するのであれば、メーカー側は、これまでの『売り方』、消費者なら『使い方』を変え、未来に向けたNEWもったいない文化を育てていかなければ!やるからにはアイディアも技術も変える覚悟も必要となる。でもやらなければ未来はない。

 

 

一青窈のハナミズキに込められた想い


NHKのSONGSをたまたま観た。一青窈がゲスト。観ていればきっとハナミズキを歌うだろうなと思ったので番組を観ていた。ハナミズキの話題となる。同時多発テロが起きて現地の友人からのメール、ニュース、映像…湧きあがり噴きあがる感情のツナミが文字となっていった。気がつけば一週間。怒り、悲しみ、絶望、幸福、平和…感じたままを文字というより画にした。どこか遠くを見つめながら彼女は語る。ハナミズキを作曲したマシコタツロウ氏が当時を振り返る映像が流れる。詩というよりは文字の羅列だった。それを二人で積み上げては崩し積み上げては崩し、できた曲それがハナミズキ。「知らなかった。ただの恋の歌としか思っていなかった。それでも、ああいい歌だなと感じてた。」一青窈が歌う。「薄紅色の可愛い君のね 果てない夢がちゃんと終りますように 君と好きな人が 百年続きますように…」。彼女の歌う姿が、声が、詩が今までとは全く違う『感じ』となって心を揺さぶる。ああでもこの歌は愛の歌だと思う。大切な人を失った家族や恋人の想いや平和を一心に願う、祈る強い気持ち、それは、紛れもなく『愛』のカタチではないだろうか。今、この時代だからこそあらためてこの詩を噛み締めたい。想う気持ちをカタチにしたい。ハナミズキ。いい歌デス。

 

コトウダグループ(古藤田グループ)